非正社員の能力開発機会を高めるには

研究員 原 ひろみ

アルバイト、パート、契約社員、嘱託など、職場での呼び名はさまざまであるが、非正社員として働く人は相当数いる。このような働き方は、中高年層だけでなく、若年層にも増えている。非正社員の働き方では、正社員とくらべて収入や生活が不安定となりやすいことが問題視されることが多いが、より大きな問題は、相対的に職業能力を身に付ける機会が少ないことにある。

 能力開発の機会に恵まれないことが、なぜ問題なのだろうか。それは、能力開発を行えない状態が続くことで職業能力を高めることができず、キャリア形成に支障をきたし、現在の賃金格差以上に、将来の所得獲得能力の差が大きくなる恐れがあることである。特に、若年層が能力開発機会に恵まれないことは、期待就業年数が長いことから問題がより大きい。さらには、社会全体で能力開発を行えない人の割合が高くなると、一国でみた場合にも人的資本の蓄積が進まないこととなり、日本経済に悪影響が及ぶことが懸念される。

雇用されて働く人にとって、勤務先によって提供され、その指示で受けさせられる教育訓練は、職業能力を身につける主要な機会である。その実態はどうであろうか。筆者が『能力開発基本調査(厚生労働省)』を黒澤昌子・政策研究大学院大学教授とともに特別集計した結果をみると[*1]、平成18年度に企業内教育訓練(Off-JT)を受講した人の割合は、60歳以下の正社員では61.6%であるが、非正社員では36.3%とかなり低い。なかでも、35歳以下の男性・非正社員で特に低く、30.1%にすぎない。

 それでは、非正社員として働きながら、企業内訓練を受けるには、どうしたらよいだろうか。まずは、非正社員に教育訓練を積極的に実施している企業に勤めるということであろう。平成19年度に、非正社員にOff-JTを実施した事業所は40.9%、計画的OJTに関しては18.3%と、実際に企業内訓練を実施している事業所は多くないが[*2]、教育訓練を実施している企業に勤めることで、訓練を受ける機会が高まることは言うまでもない。

しかし、教育訓練を行っている企業に勤めたからといって、全員が必ず教育訓練を受けられるわけではない。なぜならば、訓練投資は限られた経営資源の下で行うものであり、かつ誰を訓練対象とするのかという制約下での企業の意思決定は、企業の人材活用戦略に強く依存するからである。つまり、業種などの事業の違いだけではなく、年齢や性別、職種、役職といった従業員の属性にも左右されるのである。 

事業所の属性の違い、従業員の個人属性の違いなど外形的な要因の影響を排除したならば、非正社員では誰の訓練受講機会が高いのであろうか。最近の研究成果から、勤務先が職業能力評価を行い、評価の結果を処遇に反映させている場合に、非正社員がOff-JTを受講する確率が高まることが明らかにされている[*3]。さらに、非正社員にも人的資源管理制度を数多く導入している事業所では、正社員と非正社員の間でのOff-JT受講格差は小さくなる[*4]。よって、人的資源管理制度の導入状況についての企業情報は、就職先を選択する際の指標の1つになるだろう。

  1. 黒澤昌子・原ひろみ (2008) 「非正社員の能力開発」, 労働政策研究・研修機構 『非正社員の雇用管理と人材育成に関する予備的研究』, 資料シリーズ No. 36 , 第Ⅱ部.
  2. 厚生労働省 『平成19年度能力開発基本調査報告書』。
  3. 黒澤昌子・原ひろみ (2009) 「企業内訓練の実施規定要因についての分析:Off-JTを取り上げて」, 労働政策研究・研修機構 『非正社員の企業内訓練についての分析-『平成18年度能力開発基本調査』の特別集計から-』, 労働政策研究報告書 No. 110, 第Ⅱ部. 
  4. 背後にあるメカニズムとしては、職業能力評価や自己選択的な異動を可能にする制度の導入が、企業には観察しづらい労働者の能力についての情報を引き出しやすくし、投資に対する不確実性を低めたり、また柔軟な働き方を可能する制度やキャリア支援に関する制度は、従業員の長期定着を促し、人的投資からの期待収益回収期間を長くすることで、企業内訓練の実施を促していると考えられる。詳細は、黒澤・原 (2009)を参照されたい。

(2009年5月29日掲載)