派遣労働と日本企業の国際競争力

統括研究員 伊藤 実

米国発の金融恐慌が日本にも波及し、短期間のうちに深刻な不況の様相を呈してきている。「トヨタ・ショック」に代表されるように、国際競争力のある日本を代表する企業が、前年の過去最高益から今年度は赤字に転落するという発表が相次いでいる。急速かつ深刻な不況に対応するために、異常な速さで製造現場から派遣労働者がリストラされており、正社員のリストラも避けられない状況を迎えつつある。失業させられた派遣労働者の中には、ホームレスになってしまう者が大量に発生し、現代の貧困問題の象徴としてマスコミや政治の場で頻繁に取り上げられている。そもそも製造現場の派遣労働者が大量に増えたのは、労働者派遣法が規制緩和され、製造現場への派遣労働が、2004年3月から許可されたからである。2002年をボトムとして景気回復軌道に復帰した日本経済は、以後自動車や電機といった輸出産業の好調を背景として、製造業の集積地域では労働市場が人手不足に陥り、派遣労働者をはじめとした多くの労働力を吸収していった。

だが、2003年以降の景気回復過程における製造業の復活は、現状の大幅赤字への転落といった事態から振り返ると、経営戦略がどこかおかしかったのではないかと思わざるを得ない。1990年代に進行した空洞化から一転して、2003年以降は製造業の国内回帰が顕著となった。自動車や電機といった輸出産業は、韓国、台湾、中国といった東アジアの競争相手と張り合うために、スケールメリット(規模の経済)とコストカットを過剰なまでに追求した。スケールメリットを追求すれば、当然のことながら労働力需要が拡大する。自動車や電機といった加工組立型産業では、こうした傾向がより顕著に現れる。コストカットの有力な手段として用いられたのが、雇用調整が容易な派遣労働者をはじめとした非正規労働者を生産現場に大量投入するという人事戦略である。これは人件費が固定化してしまう正規労働者の雇用を避け、変動費化できる非正規労働者を活用するという手法である。

派遣労働者の大量失業は、こうした企業の経営・人事戦略と結びついた結果としてもたらされているのである。大幅な赤字に転落した日本の輸出産業は、これまでの経営・人事戦略を見直す必要がある。スケールメリットとコストカットによって、賃金水準の低い東アジア諸国との競争に臨むのは、蟻地獄のような低収益経営に巻き込まれることになる。その典型は薄型テレビなどのデジタル製品分野である。デジタル技術はコピーが簡単であり、競争優位の地位が短期間のうちに覆されてしまう。1980年代までの日本の製造業は、多能工化による熟練形成を重視した生産システムを構築し、製品の高い品質と性能によって世界を席巻したのである。熟練形成とは無縁な派遣労働者を活用した過度なまでのコストカット経営の限界は明らかであり、高度な製品開発力や熟練技能に依拠した経営・人事戦略に転換する必要がある。

また、労働政策としては、雇用保険の適用基準の緩和や公的支援の強化によって派遣労働者などに対する教育訓練の機会を大幅に拡充するとともに、非正規労働者に対する社会保険の適用の拡大・厳格化を検討するなど、正規労働者との労働コスト格差を小さくすることが不可避である。

(2009年3月13日掲載)