捨てがたい春闘方式の機能

JILPT調査部長 江上 寿美雄

春闘方式の変質がいわれて久しい。最近は終焉論まで飛び出している。しかし、この3年のベアゼロの続出は、春闘方式がまだ健在であることを逆説的に示しているといえないか。

「ベアゼロ」が波及

春闘方式とはパターンセッターが賃上げ回答を引き出し、それが波及していくシステムである。史上最高益を更新するトヨタ自動車などがベアゼロであれば、少々儲かっていてもベアゼロは当然。ということで、見事な「横並び」が続く。相場波及の機能が発揮され、春闘方式の健在ぶりが鮮やかに発揮されているとはいえないか。もし、トヨタ自動車などがこの3年、いくらかのベアを出していれば、違った局面を春闘は見せたに違いない。

高度経済成長の始期に出発した春闘方式はいくつかの功績をあげた。運動論的に見れば、組織労働者全般に春闘への参加を促し、未組織労働者を含めて社会全体に労働組合運動の存在感を植え付けた。第二に、労働組合の産業別結集を促した。第三に、毎年、春闘を展開することによって、賃金の「引き上げ額」の平準化を進めた。

労組の凋落を象徴

現在はどうか。ベアゼロの波及は労働運動の凋落を象徴するものと受け取られ、未組織労働者の労働組合への期待を削いでいる。産業内での企業格差が広がり、賃金決定の分散化が進んでいる。春闘方式は賃金の「引き上げ額」の波及機能を確かに持ったが、賃金の「水準」の波及・平準化に至ることはずっとなかった。そのため、大手と中小の格差が絶えず問題として取り上げられ、その格差は最近広がっている。連合が今年、中小・地場の賃上げ要求指標を示したのも、この春闘の「構造的欠陥」を何とか是正しようという試みといえる。

成果主義と春闘機能

では、春闘方式は寿命が尽きたのか。成果主義賃金の導入によって、労働者は平均ベア方式の春闘への関心を希薄にするといわれる。確かにそうだろう。しかし、成果主義賃金は一言でいえば、企業内で従業員に賃金水準の順位をつける制度である。企業内での上位、中位、下位の賃金水準をどう決めるのか。同じ産業の他の企業の水準をにらむのは当然だ。その意味で、春闘方式の「社会横断化」「社会的波及」の機能が働く。その場合、「賃上げ水準」ではなく、「賃金水準」を社会的に眼につくようにすることが大切だし、電機連合が構想している職種別賃金の横断化=ミニマム基準の設定も検討に値する。

これまで、賃上げ問題を各職場で討論する際、職場の日頃の不満が春闘という共有の広場を借りて噴出する事例も少なくなく、優れた労組リーダーはその不満をうまくすくいあげ、組合運動を活性化させてきた。成果主義賃金の下では職場に不満・ストレスがたまりやすい。企業がより優れた賃金制度をつくるためにも、そうような従業員の声を反映させるべきで、春闘のよき財産を活用すべきではないだろうか。

新たな労使関係模索を

日本経団連の今年の経営労働委員会報告では、「ベアは論外」「春討」などがよくマスコミでとりあげられたが、次の箇所はあまり知られていない。「とりわけ就労形態の多様化により、長期勤続を前提とせず、企業への帰属度が高くない従業員の比率が高まる中で、企業内の新たな労使関係のありかたも労使で模索されなければならない」。非典型労働者を含めた労使関係はどうあるべきか。使用者側にも問題意識は強い。賃金のありかたを含め、労働側が今後一段と踏み込むべき課題だろう。  春闘の性格は変わる。しかし、春闘方式の機能は捨てがたいし、捨てるべきではないと思う。