キャリア発達における「排除」原則

JILPT研究員 下村 英雄

子供のキャリア発達における「排除」原則

子供のキャリア発達に関する心理学的な文献では、Linda S. Gottfredsonの理論が一部の注目を集めている。この理論の少し意外な内容は、子供は、自分が「やりたいこと」を中心に職業を考えている訳ではないということだ。むしろ、その逆で、どちらかと言えば、将来「やりたくないこと」を排除(制限)するように職業を考える傾向がある。

どんな職業を排除するのかという基準には発達的なプロセスがある。おもな基準は、性別、職業威信、職業興味である。小学校低学年段階(6~8歳)では自分の性別が、小学校高学年から中学生段階(9~13歳)からは、職業威信の基準が加わってくる。そして、それ以降(14歳以降)にどんな分野の職業に興味があるかが選択の基準となる。

要するに、職業意識の形成過程とは、将来に対する志望がどんどん成長していく過程なのではなく、自分とは無関係と思える選択肢を排除していく過程なのだ。子供の職業意識は「排除」を原則として形成されるというのが、この理論の主な主張点であり、この理論を支持する実証的なデータも揃ってきている。

「排除」原則と人間の認知傾向

では、なぜこのようなことになってしまうのか。その理由として、第一に「将来の職業を考える」という課題は子供にとって極めて認知的な負荷の高い難しい課題であること、第二に根本的に人間の認知処理には物事を単純化して捉えようとする傾向があることの2点が関連している。

つまり、子供にとって将来の職業について考えるということはとても厄介な課題なのだ。そのため、常に、何らかの分かりやすい基準によって、考慮すべき職業を減らす必要がある。その際、子供は、自分が分かる範囲で絶対確実な基準となりそうなものを考える。それが、小学校低学年では見た目に差のある性別となる。小学校高学年から中学生になって学業成績などの差が明確になると、それに応じた職業威信も基準とするようになる。そして、最後に自分の興味が基準に加わることになる。

ちなみに、こうした認知傾向には当然ながら問題がある。もともとこの理論は、職業に伴う不平等がなぜ発達の過程で内面化されてしまうのかを整理しようとした試みであったという点にも留意してほしい。

今後の若者のキャリア発達支援を考えるにあたって

さて、今後の若者のキャリア発達支援を考えるにあたって、この理論から示唆されることは何だろうか。まず、若者の職業意識も、基本的には、子供時代の「排除」原則によって形成された意識の延長線上にあるということだ。若者の「やりたいこと」に焦点を合わせた就職支援に限界を感じている実践家は多い。何もかも実現してしまったように感じられる豊かな社会の中で、若者に「やりたいこと」を見つけさせるのは容易ではない。「やりたいこと」にこだわって立ち往生してしまう若者も多い。若者の内側から何らかの職業志望が沸き上がることを、現状では、なかなか期待しにくくなっているのだ。

確かに、従来、若者に対するキャリア発達支援では「やりたいこと」を実現するという自己実現の理念をベースとしてきた。しかし、今後は少し別の理念も必要となるであろう。例えば、「誰を助けたいか、どんな風に役に立ちたいか、どんな困った問題を解決したいか」といった社会貢献のような理念もひとつの候補だと思う。世の中にはどんな職業があって、それぞれ社会の中でどのような使命を果たそうとしているのかを、書籍や、人の話や、実際の体験など、いろんな機会を設けて若者に伝えていく必要があると思う。世の中に若者の力を必要としない職業などないということをうまく伝えることができれば、おそらく若者は「排除」以外の新たな原則を自ら見つけることであろう。

進路選択にあたって、自分は何をやりたいかではなく、社会に対してどう貢献したいのかを自問すること。微妙な違いのようだが、この意識の方向性の違いは大きいと思う。