転職と社会関係資本

JILPT主任研究員 平田 周一

増加する転職

ここ数年、労働市場研究者、あるいはマス・メディアで「雇用の流動化」が盛んに議論されている。一口に雇用の流動化と言っても、その意味するところは様々だが、雇用の流動化が進んでいるという根拠の一つに「転職者」の増加をあげることができる。平成14年に総務省統計局が行った「就業構造基本調査」の結果によると、日本における転職率は、長期の不況のもと、少しずつ上昇を続けている。また、転職希望者も増加を続けている。

転職と人的ネットワーク

従来の日本社会では、終身雇用という考え方が支配的で、学校を卒業して就職した会社に勤め続けるのが理想とされてきた。したがって、諸外国と比べると日本での転職者の数は少なかった。しかし、長期にわたる不況下、雇用情勢も悪化し、今後、転職者の増加が予想される。そこで、私たちは、人々がどのように転職するのかについて調査を行った。ここで、調査結果のすべてを報告することはできないが、転職と人的ネットワークの関係について述べておきたい。

人的ネットワークというと、「縁故」という言葉を思い浮かべる人も多いかもしれない。しかし、今回の調査ではより広い意味での人的ネットワークについて調べている。人的ネットワークと転職の関係について改めて調査しようとしたのには理由がある。1970年代初め、個人の能力によって転職が行われると考えられてきたアメリカで、実は、人的ネットワークが重要な役割を果たしていることが報告された。それも、縁故という言葉から連想されるようなものではなく、偶然知り合った人からというような弱い関係(弱い紐帯と呼ばれている)が重要だというのである。私たちの調査においても、人的ネットワーク、特に弱い関係が転職に際し重要な役割を果たしていることが確認された。

社会関係資本

現在では、人的ネットワークを含むより広い概念として「社会関係資本(Social Capital)」という言葉が用いられている。人的資本(Human Capital)という言葉があるが、これは職業経験、教育などを通じて個々人が身につける職業能力である。一方、社会関係資本は個々人を取り巻く社会関係の中に存在する。転職を例に取れば、個々人がいくら高い能力を身につけていても転職がうまくいくとは限らない。人々を取り巻く社会関係の助けを借りて能力を生かせる仕事を見つけることができることがある。なお、英語のSocial Capitalを「社会関係資本」と訳すのは、従来、道路などの社会的インフラストラクチャーを意味する社会資本との混同を避けるためである。

社会関係資本は、現在、より広い分野で注目されている。アジア経済研究所の佐藤寛(佐藤寛編、援助と社会関係資本:アジア経済研究所)によると、社会関係資本の概念が、ここ数年、世界銀行等、開発援助を取り巻く関係機関、研究者の間で世界的な流行となっている。同時に、開発援助が社会にどのような効果をもたらすかを考える際、重要な概念だと指摘している。であれば、社会関係資本は、開発援助ばかりでなく、例えば地域間の雇用状況の差を説明するのに有効かもしれない。また、仕事を探す側ばかりでなく、人材を求める企業にとって社会関係資本がどのような意味を持つかに関する研究も進んでいる。