短時間勤務 運用の壁

主任研究員  神谷隆之

企業の育児を支援する勤務措置は短時間勤務やフレックスタイム、在宅勤務など多くのメニューがそろい、併用される例も増えてきた。働き方の選択肢が広がるのは歓迎すべきこと。だが、在宅勤務との併用の効果を探るため短時間勤務についてヒアリングしたところ、いくつかの問題点が浮かび上がってきた。

企業の育児支援の導入状況(%)

短時間勤務

フレックスタイム

始業・終業時刻の繰り上げ・繰り下げ

残業の免除

休日労働の免除

在宅勤務

42.7

14.4

33.2

41.5

32.2

1.1

旧・日本労働研究機構、 2003 年


ヒアリングをした女性たちからは併用の相乗効果の一方、短時間勤務制度の運用に関する問題の指摘が相次いだ。その多くは共通しているので、二人の女性の事例に絞って紹介したい。

問題の第一は業務量の調整だ。地方のシステム会社(社員 100 人)で秘書を務めるAさん( 30 代後半、子ども5歳)は延長保育を利用しフルタイムで勤務していたが、子どもが 延長保育を嫌がるようになったため、 今年から1日7時間の短時間勤務を選択した 。

しかし 中小企業ではコストの制約から代替要員の確保は難しく、社内調整が前提だ。加えて自分で仕事をコントロールしづらい秘書という仕事の 特性から、 業務量は減らなかった。結局、かなりの頻度で残業しているのが実情という。


第二は評価や報酬への影響の問題。都内の通信事業会社(社員 8,000 人)で新サービス企画のプロジェクトリーダーを務める Bさん( 30 代後半、 子ども7歳と2歳 )は、六時間の短時間勤務を続けている。時間数に応じた基本給の減額はやむを得ないが、成果に応じて毎月の給与やボーナスの加算額が決まる業績評価制度への影響を指摘する。

制度上は「遂行した業績・成果」で査定される仕組みだが、実態としてはフルタイム勤務の人や、時間外労働の多い人の方が高くなりがち。「短時間だから高い評価はつけられない」と告げられたこともある。「フルタイム勤務者同士でも競争が厳しく、査定に差をつけづらい現状では、短時間勤務という明確な要素は減点の対象になりやすい」

減点は報酬に 直接響く。査定分だけで毎月の給与で1万円以上、賞与は 10 万円以上の差が生じることもある。限られた時間で効率よく仕事をこなすことを心がけている B さんは「非常に残念」と訴える。

第三は労働意欲の問題だ。「業務範囲も責任の重さ も以前と変わらず、密度を濃くして働き疲労感が大きい割には見返りが少ない。このアンバランスが続くと意欲も低下する」とAさん。 B さんも「一生懸命やっても報われにくい構造だと、働く意欲に影響が出かねない」としている。

 第四は職場の理解が伴わないと活用できない点。 Aさんは「中小企業では余裕が乏しく、労働時間や業務量を減らすのが難しいため、育児中や出産予備軍の女性社員をリスクととらえる管理職が皆無ではない」という。そうした環境では、出産して短時間勤務を利用しようという女性は現れにくい。

政府はパート労働者からの転換なども含め、「短時間正社員制度」の普及を推進している。だが、働く女性の立場からみると解決すべき課題は多い。 Aさんが指摘するのは制度の導入や適用条件以上に、利用者が納得できる運用や評価が大切だということだ。


新たな視点として示したいのが夫婦の働き方の組み合せ。 B さんは短時間勤務とはいえ、時には残業も必要となる。夫は職場の理解を得て始業時刻を一時間繰り上げている。おかげで 保育園の 迎えに間に合う。「夫の協力がなければ責任ある仕事を全うするのは難しい」( B さん)

短時間勤務の利用も女性に限る必要はない。夫婦が勤務時間をうまく組み合わせ、子育てに最適な時間配分を行うことも必要ではないか。現在、企業にはこうした視点が欠けている。育児期の多様な働き方を可能にするためにも、納得できる制度の確立が大切だ。

(日本経済新聞 2006 年8月2日夕刊生活面「生活・ワーキングウーマン」に掲載)